マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』

早川書房 マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』表紙_[0]

【メモ】

・この世界はとても複雑である。色々なものが絡みあって、何と何が誰の責任で運営されているのか、表面上みえているものと、本質的なものは全く異なる。

・私自身、直感的に感じている身近な色々な事柄についてひとつづつ考えてみると、ほとんどすべてのものについて、自分自身が感じていることはそれらの事実・実際の姿を的確に反映していないことにすぐに気がつく。

・われわれは常に道徳的な難問の前に葛藤している。掘り下げると、どんな瑣末なことであってもそうである様に思えてならない。

・「正義」について考えるための三つの観点、「福祉」「自由」「美徳」。

・「正義」とは一体何なのか。それを規定するものがいったいどこにあるのか。「正義をめぐる古代の理論は美徳から出発し、近現代の理論は自由から出発すると言えるかもしれない」。そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。大切なことは、その考え方にいろいろな視点があるということをしっかりと理解して臨むことであり、どの視点を自分が選択するのか、そこからどういった結論を導くのかすらも、各自の責任の範疇だという意識を持つことなのかもしれない。

・アメリカのビジネス書などによくみられる、多くのケーススタディを用いて、ものごとを測るための考え方、取り巻く環境、視点などをわかりやすく浮き彫りにしていく。理解するのはさほど難しくはないが、判断したり結論を出したりするのは著しく難しい哲学の「題材」を、一冊の本を通して議論し続ける。

・面白い。何度読み返しても、色々な面で得るものがある。「正義に関する自分自身の見解を批判的に検討してはどうだろう—そして、自分が何を考え、またなぜそう考えるのかを見きわめてはどうだろうと」。

 

【本文書き出し】

”第1章

正しいことをする

二〇〇四年夏、メキシコ湾で発生したハリケーン・チャーリーは、猛烈な勢いを保ったままフロリダを横切って大西洋へ抜けた。二二人の命が奪われ、一一〇億ドルの被害が生じた。チャーリーは通過したあとに便乗値上げをめぐる論争まで残していった。

オーランドのあるガソリンスタンドでは、一袋二ドルの氷が一〇ドルで売られていた。八月の半ばだというのに電気が止まって冷蔵庫やエアコンが使えなかったため、多くの人びとは言い値で買うより仕方がなかった。木々が吹き倒されたせいで、チェーンソーや屋根修理の需要が増加した。家の屋根から二本の木を取り除くだけで、業者はなんと二万三〇〇〇ドルを要求した。小型の家庭用発電機を通常は二五〇ドルで売っている店が、ここぞとばかりに二〇〇〇ドルの値札をつけていた。老齢の夫と障害を持つ娘を連れて避難した七七歳の婦人は、いつもなら一晩四〇ドルのモーテルで一六〇ドルを請求された。

多くのフロリダ住民が物価の高騰に憤りを隠さなかった。『USAトゥデイ』紙には「嵐の後でハゲタカがやってきた」という見出しが踊った。ある住民は、屋根から倒木一本をどかすのに一万五〇〇〇ドルかかると言われ、「他人の苦境や不幸を儲けの種にしようとする」連中は間違っていると語った。フロリダ州司法長官チャーリー・クライストも同じ意見で、「ハリケーンの後で困っている人の弱みにつけこもうとする人間の欲深さには、驚きを禁じえない」と述べた…”

”ところが、クライストが便乗値上げ禁止法を執行したときでさえ、一部の経済学者はその法律や一般市民の怒りは見当違いだと論じていた…”

”「正しい価格」といったものは存在しないというのだ。

自由市場を信奉する経済学者のトーマス・ソーウェルは、便乗値上げというのは「感情には強く訴えるかもしれないが経済的には意味のない表現で、ほとんどの経済学者がなんの注意も払わない。曖昧すぎてわざわざ頭を悩ませるまでもないからだ」と述べた。ソーウェルは『タンパ・トリビューン』紙上で「『便乗値上げ』のおかげでフロリダの住民がどれだけ助かるか」を説明しようとした。ソーウェルによれば、便乗値上げが批難されるのは「人びとが慣れている価格よりかなり高い場合」だという。しかし「人びとがたまたま慣れている価格レベル」が道徳的に不可侵だなどということはない。その価格は市場の条件がもたらす「別の価格とくらべて特別でもなければ『公正』でもない」のだ。それが、たとえハリケーンによって生じた条件であったとしても…”

”氷が一袋一〇ドルで売れるとなれば、製氷会社はどんどん増産して出荷するのが得策だと気づくはずだ。こうした価格になんら不正なところはないと、ソーウェルは説明した。売り手と買い手が取引する品物に置く価値を反映しているにすぎないのである…”

”ハリケーン・チャーリーが通り過ぎた後で巻き起こった便乗値上げをめぐる論争は、道徳と法律に関する難問を提起している。商品やサービスの売り手が自然災害に乗じ、市場でつく価格であればいくらでも請求することは間違っているのだろうか。だとすれば、法律はなにをすべきだろうか(できることがあるとしての話だが)。売り手と買い手が持つ取引の自由に介入することになっても、州は便乗値上げを禁止すべきなのだろうか…”

 

”福祉、自由、美徳

これらの問題は、個人がおたがいをどう扱うべきかというテーマにかかわるだけではない。法律はいかにあるべきか、社会はいかに組み立てられるべきかというテーマにもかかわっている。つまり、これは「正義」にかかわる問題なのだ。これに答えるためには、正義の意味を探求しなければならない。実は、われわれはすでにその探求を始めている。便乗値上げをめぐる論争を詳しく見てみれば、便乗値上げ禁止法への賛成論と反対論が三つの理念を中心に展開されていることがわかるだろう。つまり、福祉の最大化、自由の尊重、美徳の促進である。これらの三つの理念はそれぞれ、正義に関して異なる考え方を提示している…”

 

【本文及び冒頭5ページ】

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【基本データ】

早川書房

2011年11月25日 発行

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』

ISBN978-4-15-050376-5

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