安野モヨコ『くいいじ』

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」表紙_[0]

【メモ】

・「ものすごく豪華でなくても、美味しい」、日々日常の生活の中にある「食」という歓びを、読みやすい文章で自然体に綴ったエッセイ集。食べることが好きなんだろうなと感じさせらます。

・どの話もおもしろく、なんでも美味しそうですが、取り上げられている中では、和食とイタリアンが特に美味しそうに感じました。僕が好きだから、というのもあるでしょうが、きっと、作者の安野モヨコさんもお好きなのではないかと。

・独特の味のある挿絵も、さすが人気漫画家さんといった感じ で、これだけでも楽しめます。

 

【本文書き出し】

”冷やしたぬきとかりんとう

昼食を食べている時に、建具屋さんがやって来た。

家の窓やら扉などでいくつか閉まりづらいものが有ったので直してもらったのだ。

二階の網戸を調整して、一階に降りて来た建具屋さんが、どことどこの調子がおかしかったけど、こんな風に直しておいたので大丈夫になりましたよ、と話している間、お箸を止めてふんふんと聞いていた。

夫は立ち上がって玄関口で他にもある不具合の説明をしていたが、私はまた食事にとりかかっていた。

「じゃ、奥さん、またどうも」

と、建具屋さんがこっちに首を出して挨拶した時、丁度お味噌汁の底のじゃがいもをお箸でちょんと口に放り込んだところだった。

 

昨日観ていた昔の映画では、バーのホステスさん達が開店前に冷やしたぬきか何かをかっこんでいるのだけれど、二口、三口食べたところで客がドヤドヤやって来る。するとホステスさん達は、いそいでその食べ始めたばかりの丼を流しに置き、くるりと振り返って……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」表紙_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文1_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文2_[0]

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文3_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文4_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文5_[0]

 

【基本データ】

文春文庫

2013年12月10日 第1刷

安野モヨコ『くいいじ』

ISBN978-4-16-777702-9

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リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」

幻冬舎文庫 リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」表紙_[0]

【メモ】

・現実世界の変人 が紡ぎ出す「名言」。それをリリー・フランキー節でひたすら綴る。

・僕の日常生活には、こんな名言を発する人との接点は無い。初めてこの本を読んだときそう思った。そして爆笑しながら最後まで一気に読みきった。でも、今読み返してみると、人間誰しもこの様な名言を日常的に耳にしたり、場合によっては口にしたりしているのではないか?そんな気もする。初めて読んだ時から早10年あまりも経っているから、その間にした様々な経験がそう思わさせるのか、それともこの10年間で僕の周りの人や僕自身が何か変わってきたのか、僕自身がどこかおかしくなったのか…。

・下らない。でも面白い。リリー・フランキー先生のファンになったきっかけの本の一冊。

・笑いたいだけではなく、自分自身という人間や人生をボンヤリと考え直したい時に、一風変わった物差し替りになる一冊かも。

 

【本文書き出し】

(16ページ〜、2つ目の御言葉より)

”〔御言葉その2〕そこに居ないはずの男。

生活の習慣というモノは、なかなか変えがたい。ボクの場合、出掛ける時も寝る時も部屋に鍵をかける習慣がないのだが、これは考えてみると、たいそう物騒なことである。

分かっちゃいるが、面倒臭い。運良く泥棒に入られたこともないが、部屋に帰ったら玄関にゴミ袋が2つ捨てられていたことがある。盗まれたことはないが、増やされたりはした。鍵はかけねばイカン。危ない。知らないうちにゴミ集積所にされてしまう。

近頃は、そんなボクの友好的な習慣を逆手に取った積極的な編集者が、電話のアポをすっ飛ばして、夜中の3時に呼鈴も鳴らさぬままボクの枕元に立っていてビックリのあまり小便をもらしまくったことも少なくない。鍵はかけねばイカン。

特にこの御時世、猟奇殺人やノックアウト強盗や巨人連敗など、物騒な事件も多い。

鍵はかけねばイカン。ウチの雑居ビルにも危険人物が出入りしているらしく、エレベーターホールに「異常者が出没しています。御注意下さい。管理人」と書いた紙が貼ってある。でも、その字がデタラメにヘタな字で、その上、悲しくなるくらいの誤字脱字で書かれてあったので、そっちのほうが怖かった。

犯人は管理人である。たぶん。それを目撃したオバサンの話では、異常者は”全身黄色人間”だったらしい。それってもしかしたら、夜中に黄色いツナギのブルース・リー・ジャージでコンビニに行くボクのことかなとも思ったが、ボクは変質者であっても異常者ではないので、犯人は管理人である。たぶん。そうに違いない。

とにかく、重要なことは鍵をかけることである。それが、一瞬の外出でも、だ。

 

ベッドの上の感動家。

友人のOは昔から、一種独特な人間を吸引する体質だった。Oが今までに出会った異常者に関する話は、想像を絶するストーリーばかりである。毎日、夕方になるとバケツの中で飼っている鮒を見せに来る中年。早朝に泣きながらチリ紙をもらいに来る中学生。

どう考えても思いつかない現実の異常。虚構では醸し出せない事実ならではのバカさ加減がそこにはある。Oはずーっとそんなキワキワの人たちから好かれてしまう、オイシくも悲しい体質なのである。

ある日。もう26時を回った頃だったという。Oは近所のコンビニへ買い物に出掛けた。そして、家に戻るまで、その間10分。Oは油断していた。鍵をかけなかったのだ。

帰って来て部屋のドアを開けたOは、その様子に背筋が凍るような衝撃を受けたという。部屋が荒らされたワケでも、物が盗まれたでもなく、10分前と違う点はただ一点。その一点があまりにも斬新な一点だった。

Oのベッドの上に、見知らぬオヤジが座っていたのである。靴のまんまで、あぐらをかき、両手を膝の上にのせて、天井を仰いでいたのだという。

Oは身構えた。咄嗟に身の危険を感じた。そりゃそうだろう。かなり怖い絵である。ベッドの上のオヤジは灰色の作業服を着ていて、腕まくりした両手は真っ黒に日焼けし、それがサロン焼けではないことをOは瞬時に察した。「殺されるかもしれない!!」、Oは恐怖に震える。しかし、オヤジは帰ってきたOを前にしても微動だにせず、天を仰いでいる。

Oは意を決して、オヤジに言った。

「アンタ!!勝手に人の部屋に入り込んで、そこで、何してるんだ!!オイ!!オイ!!」

その言葉を受けたオヤジは、初めて身体を震わせながら天に向ってこう叫んだという。

「感動してるんだア!!」

感動していたのであった。人ん家で勝手に。

それを聞いても笑える精神状態でなかったOは「そんなの、よそでやってくれ!!」とオヤジに冷たく言った。するとオヤジは「分かった・・・・・・」と言い残し、部屋を去ったという。

Oはその事を述懐するに「何に感動していたのか、超気になる」と、今では後悔をしている。

 

“御言葉”その二

「感動してるんだァ!!」

(家宅不法侵入者、男・推定50歳)

〜そこに何があったのか?永遠の謎となった感動の御言葉〜”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

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幻冬舎文庫 リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」本文3_[0] 幻冬舎文庫 リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」本文4_[0] 幻冬舎文庫 リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」本文5_[0]

 

【基本データ】

幻冬舎文庫

平成18年2月10日 初版発行

リリー・フランキー「増量・誰も知らない名言集 イラスト入り」

ISBN4-344-40760-1

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冬野花「インド人の頭ん中」

中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」表紙_[0]

【メモ】

・やたらと言い訳が多く、でも憎めない。そんなインド人。日本で当たり前のことがなかなか当たり前にならない。そんな国、インド。

・仲の良い友人が仕事で3〜4年インドに行っていたけれど、似たようなことを言っていた気がする。

・著者の達観したような書きっぷり、結構好きです。こういう自虐ノリツッコミ的な視点って、ギャグのセンスとして個人的には結構ツボに入ってしまう感じ。好きな人は好きだと思うんですけれど。

・著者のブログサイトもなかなか面白いです。この本を読んでみたい、と思った方は、サイト側もチェックしてみると良いかも。ブログの方もほとんど全部と言っていいくらい読んでみましたが、一番のツボは”お花見で「ヤキ」を食べた思い出”あたりでしょうか。あとは、個人的には、食文化まわりのエピソードにこの著者の見た「インド人の頭ん中」が結構わかりやすく、そして面白く現れている様な気がしてて面白かったです。

・読みやすく、いっちゃ悪いですが暇つぶし的な。でもこういうお話を、何の目的があるわけでも無く読んで、単に笑い飛ばして終わったり、もしかしてもしかすると何かに気がついたり何かの役に立ったりすることもある、というのも、大人の生活には必要なことなのでは無いかと思うわけです。

 

【本文書き出し】

” 初めてのお引っ越し

さっぱり地理感のない、気温四十度を超える街。

インドに住むことを決め、デリーにやってきた私は、ケチをこじらせたために、エアコンもない安宿に泊まりながら、息をするのも暑いさなか、怪しげな不動産屋をヨレヨレになりながら回っていた。毎日、自分の出した大量の汗で漬物のようにシナシナになること一週間。ようやく、とりあえずの部屋を見つけたのだった。

しかし、それは今から思えば「使用人用の物件」だった。インドの家々の屋上には、必ずといっていいほど住み込みの使用人用の粗末な小屋がある。私が見つけたのはまさにそんな小屋だったのだが、その時点では、知るよしもなかった。

私が住んでしまった物件は、老夫婦の住む家の屋上に、粗末な小屋が三つ、それぞれ離れて建っているという造りだった。小屋のうちのひとつは居間にあたり、八畳くらいの広さだったが、棚すらない真四角のコンクリート製の部屋。家具も一切なく、壁もずいぶん汚れていたので、拭いたところ、コンクリの地肌が出現し、なんと「水性ペンキで塗ってあるので拭けない」ことが発覚した。

倉庫の扉のような鉄製のドアを開け、一度外へでて六メートルくらい離れた場所には、キッチン小屋があった。しかし、「半分外にある感じ」なので、飛んでくる土ぼこりはあり得ない量だった。それもその当時の私には知り得なかったことだが、デリーのほこりの量ときたら、常軌を逸しているのである。三日使わなかったフライパンには、日本で「外に放置して一年」くらいのほこりが積もった。

キッチンの反対側には、また鉄のドアがあり、開けると向こう側に今度は、トイレ&シャワー用の小屋があるのだが、そこに飛んでくる砂の量も、尋常でなかった。砂漠のほうから「ルー」という風が吹く季節には。数時間掃除をしないと、廃屋のトイレのようになった。

そして、暑さ!デリーでは、日本とは反対に、一階の家賃が最も高く、最上階が一番安い。なぜならば、真夏の気温は四十五度に達することもあり、そうなると屋上の部屋の室温は、地獄に匹敵するからである。

狭い上に、自分より上の階はなく、サイド四面にも何もない、孤立した私の小屋は、「炎天下でドラム缶に閉じ込められた」くらいの暑さであった。今でも、住み込みの使用人の大半が、そういった劣悪な環境に住んでいるわけだけれど、いったいどうやって暮らしているのだろう・・・・・・。

どうしようもないので、わたしはエアコンを購入した。しかし、それは窓につける(つまり室外機がセパレートでない)タイプで、私の小さな部屋の窓にはめるには多きすぎたため、壁の一部を壊して取りつける羽目になったのである。ハンマーでゴーンとやると、普通に壊れて穴が開いてしまうインドの家の構造と、その壁のあり得ない薄さに驚き、改めて「暑いはずだよ・・・・・・」と思った。

しかも、そのときにはやはり知らなかったデリーの停電事情と、インドの電気代の高さのため、エアコンもそんなに活用できなかったのである。結局、寝る前の一時間つけるだけで、あとは、冷たい缶ビールを脇の下やひざの裏に挟むという手法で寝た。

当時は、冷蔵庫が恋人であった。何ひとつなかったキッチンに、近くの店で買った、韓国製の小さな冷蔵庫をポツネンと置いて、それだけが命綱。ろくなものがない家の中で、冷蔵庫だけが輝いていて、「あなたがいなければ私は死んでしまう!」というくらい冷蔵庫に寄りかかって暮らした。

ちなみに、その冷蔵庫だって、「スカイブルー」を頼んだはずが、手元に届いたのは全然うれしくないシルバーだったという、いわくつきのもので、恋人なのに見かけは気に入っていなかった。インドというのは、得てして、頼んでもいないものはちゃんと届くくせに、欲しいものは絶対にスムーズに手に入らないところなのだ・・・・・・。

そんなこんなで…”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」表紙_[0] 中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」本文1_[0] 中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」本文2_[0]

中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」本文3_[0] 中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」本文4_[0] 中経の文庫 冬野花「インド人の頭ん中」本文5_[0]

 

【基本データ】

中経の文庫

2009年3月6日 第一刷発行

冬野花「インド人の頭ん中」

ISBN978-4-8061-3299-8

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