モーリス・ルブラン『世界一の怪盗ルパン』

モーリス・ルブラン『10分で読める 世界一の怪盗ルパン』

【メモ】

・泥棒だが悪人ではない、世界一の怪盗、ルパン。あっと驚くような手口で鮮やかに獲物を手中におさめ、颯爽と逃げ去る。常に洒落ていて、かっこいい。

・約180ページの本編内に18話を収録。1話平均約10ページ。少しの時間にさっと手軽に読める短編集。

・奇をてらい過ぎていない、シンプルなトリック。小学生でも理解しやすい。すぐには分からない、しかし、ストーリーの中で説明される種明かしを読めば、誰もが、「なるほど」とうなずかざるを得ないような、明快な、わかりやすさのある仕組み、仕掛け、ギミック。

・7話目「カリオストロ伯爵令嬢」は、この本の中では比較的難しいお話。ルパンが、なぜ、どうして、いつからアルセーヌ・ルパンと名乗るようになったのか。ルパンのルーツに迫るストーリー。僕自身も始めて読んだ。少し複雑だが面白い、興味深い。

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビではありませんが、難しい漢字には全てルビが振られています。レベルでいえば、小学校2年生〜3年生程度で習う漢字まではルビなし、それ以上はルビあり、というくらいかと思います。

文字の大きさ:普通。おとな向けの文庫よりは若干大きく、一般的な子ども向けの文庫、小学校中高学年向けの文庫本と同程度。

所感:言わずと知れた名作小説、モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」。子ども向けに読みやすく再編された作品集とはいえ、そのおもしろさ、エッセンスはしっかりと余すところなく取り込まれています。1話平均10ページ程度と、長さもほどよく読みやすく、古今東西、いくつものお話にさまざまな形で登場する怪盗ルパンのおおもとを現代のお子さんに楽しんでもらうのに最適な一冊だと思います。

 

【表紙、冒頭の登場人物紹介ページ及び本文冒頭3ページ】

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【本文書き出し】

” 華麗なる犯行1 刑務所のアルセーヌ・ルパン

フランス北部の町、コードベックにあるマラキというセーヌ川沿いの古い城で、カオルン男爵は幸せな老後を送っていた。生涯をかけて買い集めた美術品に囲まれて、誰にもじゃまをされず、このがんじょうな古城の中で、安全で満ちたりた日々を送ることこそ、男爵にとっての最大の歓びだったのである。城に出入りを許されているのは、年老いた三人の召使いだけ。それ以外にはまだ誰も、この城に入ることを許された者はいなかった。男爵はコレクションが盗まれるのをおそれるあまり、世の中とのかかわりをいっさい断っていたのである。

そんな男爵のもとに、ある日、一通の手紙が届けられた。差出人は、ラ・サンテ刑務所内、アルセーヌ・ルパンとある。手紙にはこう書かれてあった—”

 

【基本データ】

宝島社

2016年3月2日 第1刷発行

著者モーリス・ルブラン『世界一の怪盗ルパン』

ISBN978-4-8002-5288-3

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池井戸潤「果つる底なき」

講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」表紙_[0]

【メモ】

・池井戸潤作品を沢山読みすぎて、却ってよくわからなくなってきたけれど、「検査」「監査」的なシーンが沢山ある気が。そして、このシーンを描写する中で、銀行という組織の「ある一面」を上手く読者に伝えている気が。

・「企画部」と「人事部」は本部内のライバル同士。

・「企画部」という部署名もよく出てくる気が。「本部の企画部」というのも、銀行という組織を象徴するような一部門なんだろうか。著者もそこに近い部門にいたんだろうか。でも、慶応卒とはいえ働き出してたかが10年目くらいにはこの作品を書いているわけで、出世コースに乗ってたとしてもぺーぺーの期間が終わってちょっと経ったくらいだったんだろうが。

・派閥。僕の所属している世界も財閥系の☓☓とかなわけだが、少なくとも、こんな風に派閥がどうこうと表立ってストレートなものは無い。でも、言われてみれば「◯◯常務がうんチャラかんちゃらで」みたいな、お偉いさんのどーでも良い好き嫌いが現場での仕事の仕方に関わってくることはたまにあって、どこの世界でもそういうのはあるかな、と。

・という様な、「銀行という組織」を如実に、端的に、特徴的に表すものが、わかりやすく描かれているところが池井戸作品のいいところ。これは銀行がメインステージにならない作品でもそう(大抵は銀行が絡んでくるけど)。そういう「ベース」が上手く書けていて、そこにまず上手に引き込んでもらえるからこそ、読者はそこで起きる事件にどんどんとのめり込んで行ける。書き方が上手いし、自分が上手く書けるものをよくわかってらっしゃる。

・仕事好きな人向け。

 

【書き出し】

”第一章 死因

1

鉄扉を開けると、七月初旬のむっとする空気が足元になだれ込んできた。梅雨空はどんよりと重く、ここのところ降ったり止んだりという天気が続いている。午前十時。私は、融資先を訪問するために銀行ビルの裏口を出て、店から少し離れたところにある駐車場へ向かうところだった。土、日は人でごった返す渋谷も、平日の午前中となると街の人出はまだ少ない。とくに東急プラザのある表通りから一本入ったこの辺りは閑散として、回収前のゴミが収集場所から道路に溢れている。

私は、青い半袖のシャツにタイを結び、チャコール・グレーの上着を腕に掛けて歩いていた。持ち物はいつものように手帳一冊だ。たばこを点け、古本屋のシャッターが開いて顔見知りの主人がよっ、と手をあげるのに応え、その横のちっぽけなギャラリーに展示されている絵を見ながらストリップ劇場がある坂道の手前を左に折れる。

貸事務所が並ぶ通りの先を、見慣れた小太りの後ろ姿が歩いているのが目に入った。この蒸し暑いのにきっちりと上着を着こみ、左手に大きく膨らんだ重そうな黒鞄を提げている。軽装でおそよ銀行員らしくない私と違い、こちらはどこから見ても典型的な銀行員にしか見えなかった。

「坂本—!」

声を掛けると、ふっくらとした丸顔がはっと振り返った。物思いにふけっていたのか、普段温厚な男にしては珍しく表情が硬い。面白くもなさそうに指で眼鏡のフレームを押し上げ、右手に握っていたハンカチを額に当てながら呟いた。

「なんだ、伊木か」

私は足を早め、いつになく無愛想な同僚の横に列んだ。

「回収か」

「ああ。でかいぞ」

いったん立ち止まり、また歩き出す。横顔に緊張感が見て取れ、普段なら飛び出してくる冗談のひとつもない。

「今日はどこ?」

坂本は答えの替りに、にやりと笑った。

「なあ、伊木—」

歩きながら私の肩に腕をまわし、急に悪戯っぽい目でこちらを覗き込む。

「これは貸しだからな」

妙なことを言った。

「貸し?」

「いまにわかる」

坂本は丸顔を空に向けて高笑いしたが、次の瞬間にはいま笑ったことすら忘れてしまったかのような真面目腐った顔でさっさと自分の車を目指す。急いでいるのか、私との距離はどんどん開いていった。

一区画歩いた角に、桝井屋ビルと書かれた看板のかかった古ぼけた建物があり、その横が銀行専用のパーキングだ。二十台ほど入る小さなスペースで、業務用車と一般来店客の車両が兼用しているため業務時間中はいつも満杯に近い。まだ比較的早い時間なのに、空いている駐車用の区画はもう二つ、三つしかない。

坂本はそのまま足早にゲート脇を通り抜け、私が駐車場に着いたときには業務用の三菱ミニカを勢いよくバックで出していた。窓が開いた。

「まあ、見てろ」

そう言い残すと、レンガを敷き詰めた商店街の道路を国道246号線方面へと消えて行った。

2

坂本を見送ってから、どこかの下手くそがへこませたままになっているミニカのドアを開けた。顔をしかめたくなるほど車内の空気は熱く膨らんでいる。腕を伸ばしてまずエンジンをかけ、しばらくドアを開け放しながら、エアコンをフルまで上げて手帳を上着と一緒に助手席に放り込んだ。軽装だが、融資の案件を拾ってくるのにそれ以外必要なものなど何もないというのが、私の持論である。銀行のマニュアルによると、外訪員は黒い業務カバンに集金帳や印鑑を持ち歩くことになっているが、そんなものを持っていたら、ただの集金屋にされてしまう。

窮屈な運転席に座ると、熱をためたビニールシートが尻と背中にぺたりとくっついた。気色悪いのを我慢して床から付き出したマニュアルのギアをローに入れ、渋谷駅南口の交差点を左に折れて松濤方面へ向かう。松濤から富ヶ谷、南平台の一角が私の担当エリアだ。東急本店の脇を抜けていき、旧山手通りを右へ曲がった。

どこへ行かなければならない、という予定はない。適当に担当先を回り、「金を貸してくれ」と言ってくれる会社を探すのが私の仕事である。駅前のいつも混雑している道路に車を入れながら、頭の中で数軒の訪問先をリストアップした。私の担当は全部で五十社近くあるが、そこに一ヶ月に一度は顔を出すというのが、あってないような仕事のルールである。

この日、富ヶ谷の鉄鋼問屋を皮切りに、午前中かけてその界隈を彷徨き三軒ほどまわった。結果は、どれも空振り。ただ、成果がないのは別に珍しいことではない。新規融資の話など、二、三十軒当たってみて、一つあるかないか。そんなものだ。しかも、ある程度金額の張った話ともなるとさらに限られる。

言い訳めくが、融資担当としては新しい貸し出しの話がなくても定期的に取引先に顔を出して社内の様子を見てくるのも立派な仕事である。たとえば経理部長のデスクにサラ金からの計算書がないか観察したり、階段に死蔵されている製品が野積みになっていないか、工事業者であればスケジュール・ボードに書き込まれた受注工事状況が減っていないか、そんなことを見てくる。製造業者であれば機械の年式がどの程度のものかチェックするし、社員の電話対応やトイレの清掃状況、社長の金回りを見るために車のタイヤが減っていないかといったことも見る。取引祭の業況判断のためにマニュアル化された銀行の支店業務には、こういう地道な仕事も含まれるのだ。

昼過ぎ、三軒目になる設計事務所の経理担当部長との面談を適当に切り上げると、私は徐々に渋滞してきた山手通りから支店に戻った。昼食をとり、何もなければ午後からまた取引先を回る。そんな仕事が延々と続くわけだ。格別楽しいわけではないが、苦痛でもない。そんな仕事である…”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」表紙_[0] 講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」本文1_[0] 講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」本文2_[0]

講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」本文3_[0] 講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」本文4_[0] 講談社文庫 池井戸潤「果つる底なき」本文5_[0]

 

【基本データ】

講談社文庫

2001年6月15日 第一刷発行

池井戸潤「果つる底なき」

ISBN4-06-273179-7

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池井戸潤「仇敵」

池井戸潤 仇敵 (講談社文庫) 表紙

【メモ】

・「庶務行員」というのは「案内係」の腕章をつけて構内でユーザ対応をしているオジサンのこと。こういったポジションに主人公を持ってくる、という発想は、銀行出身の著者だからこそ思いつけること、とも思うし、それと同時に、銀行で一般行員の総合職というポジションを経験していながら、ということを考えると、ここに主人公を持ってくるというのがかなりユニークな発想でもあろうと思う。

・末尾解説を読んでいて気がついたけれど、確かにこの発想、ボクが好きな作家の一人、横山秀夫が書く「捜査しない警察官が主人公の話」とも非常に似通っている。横山秀夫作品と池井戸潤作品を、一時期並行して5冊づつくらい読み続けた時期があったが、それは何かしらの共通点、面白さに気がついていたから、ということもあるだろうし、それと同時に、僕自身「組織の本流を外れることへの憧れ」のようなものを持っていたからなのかもしれない、とか。

・金融業界素人でも全然問題なし。文章は読みやすく、面白い。

・仕事好きな人向けの小説。

 

【書き出し】

”庶務行員

1

「恋窪さん、ちょっと」

営業課長の中西信士が、青白く長い指先を下に向けて小刻みに揺らす、いかにも苛立たしげな手招きをした。いつものことだ。駆け寄ると、案の定、客に聞こえないような囁き声で小言を言われた。

「駐車場が混雑しそうだから行ってくれませんか。前から言ってるでしょう、そういうことは言われなくても自分の判断でしてくれないと。もうそろそろ仕事に慣れてもらわないと困るんだよね」

「気がつきませんで申し訳ありません。すぐに」

恋窪商太郎は神経質そうに眉間に皺を寄せている中西に詫びて外へ出た。

支店の裏手にある駐車場はビルに挟まれた小さなスペースだ。収容台数は二十五。カギ型になった敷地は、見通しが悪く通り抜けができないため、たまに”大渋滞”を引き起こす。東都南銀行の苦しい台所事情を反映してか、ここには「満車」を示す表示機械も自動ゲートもない。

「ああ、いかん」

外に出るなり、入ってこようとしている車に走り寄って両手でバッテンをした恋窪は、すみませんと頭を下げる。

「満車です。もう少しお待ちいただけますか」

そのとき支店の裏手から客が出てくるのが見えた。茶色いダブル・スーツを着込んだ三十代後半の男。見覚えがある。すぐ後ろから、飛び出してきたのは融資係の松木啓介だ。

「出られますか」

恋窪は松木に声を掛け、右手を入り口で待っている車のフロントの方へ差し出したまま、駐車場の奥に向かって俯き加減にゆっくり歩いていく男に視線を送る。返事はない。間もなく、エンジンがスタートする音が聞こえた。ゆっくりとシルバーのメルセデスがバックで出てきて、向きを買える。その様子を見守っている恋窪の耳に武蔵小杉駅へ入線する南武線か東急東横線の車両が線路を打つ音が届いた。東都南銀行武蔵小杉支店は、その二つの路線に挟まれた狭隘な一角に位置している。

確か、大園という名前だったと、恋窪は思い出していた、茶色いスーツを着た男の名前だ。そうだ、大園ハードフェイシング。三ヶ月ほど前、フロアの案内をしていたときに通帳を預かったことがある。恋窪が東都南銀行の庶務行員という気楽な職を得て間もない頃で、ハードフェイシングという名称からすると、業種はおそらく金属表面加工か何かだろうと思った記憶がある。

よく見かける車だ。一ヶ月に数回、いつも見通しの悪い駐車場奥にパークする。その車がいま恋窪の目の前を過ぎて駐車場の外へ出ていった。

気になることがあった。

「タイヤがえらく減ってますね」

松木と並んで頭を下げ、待たせていた車に今空いたスペースを指してから恋窪は言った。

「タイヤ?」

「ええ。減ってたでしょう」

今年四十二になる恋窪の半分ほどの年端である松木は、腑に落ちない顔で恋窪を見やった。真っ白いおろし立てのシャツに若くてやんちゃ気のある黄色い花柄模様のネクタイを締めている。もうコートが必要な季節だというのに、上着はなしで額には汗すら浮かべていた。

「そうかな。でも、それがどうかしたんですか」

「あの社長の会社、順調ですか」

松木はいよいよわからないという顔になって腕組みをした。正面に立たれると、恋窪は見上げるようになる。大学時代にバスケット部だったというだけあって、身長は一九十センチある。恋窪よりちょうど二十センチ近く高い。

「なんでタイヤと業績が関係あるんです」

「ほら、よく言うじゃありませんか。社長の金回りは車のタイヤに出るって。大園社長、でしたよね、あの人。見たところ車好きで、ボディはこれでもかってぐらいにぴかぴかに磨き上げているのにタイヤだけつるつるなんて変じゃないですか。それに顔に元気がなかった…”

池井戸潤 仇敵 (講談社文庫) 表紙

 

【基本データ】

講談社文庫

2006年1月15日 第一刷発行

池井戸潤「仇敵」

ISBN4-06-275284-0

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