【メモ】
・幾つもの伏線が、順を追ってしっかりと回収されていく気持ちよさ。
・伏線の一つ一つも結構細かく描写されていて、それがストーリー全体の面白さを一段引き上げていると思う。
・しかも、相当に「これでもか」という位にどんでん返しも盛り込まれていて、かなり面白かった。
・読みやすい文章。一気に読んでしまったので、最初に読んだ時には気が付かなかったけれど、細かいところの表現なんかもいちいち良い。例えば【書き出し】でも引用した
”やがて、静まり返った廊下を、一列縦隊の靴音が、予想を上回る人数とスピードで突き進んで来た。”
のくだりとか。実際には極々普通の速度で規則正しく歩いているだけの刑務官の足音が、常に「お迎え」の恐怖から逃れられないでいる死刑囚の「感覚」からすれば、『やめてくれ〜』と叫びたくなるような「速度」で近づいてくる様に感じられる、ということを表現しているのかな、などと考えながら読んでみると、非常にしっくりとくる良い表現だな、とか。
その後の
”さらに九歩進んで不意に途絶えた。”
という表現とか。多くの読者は実際に見たことが無いであろう拘置所の廊下の「広さ」であるとか、死刑が執行された「一九〇番、石田」と物語の中心人物「樹原」の距離感、近さであるとかが、この”九歩”という数字で、一気にわかり易くなっている気がする、というようなところとか。こういう「目に見えるような」文章、「わかり易く読み易く」な感じ、結構好きです。
【本文書き出し】
”序章
死神は、午前九時にやって来る。
樹原亮は一度だけ、その足音を聞いたことがある。
最初に耳にしたのは、鉄扉を押し開ける重低音だった。その地響きのような空気の振動が止むと、舎房全体の雰囲気は一変していた。地獄への扉が開かれ、身じろぎすらも許されない真の恐怖が流れ込んで来たのだ。
やがて、静まり返った廊下を、一列縦隊の靴音が、予想を上回る人数とスピードで突き進んで来た。
止らないでくれ!
ドアを見ることはできなかった。樹原は、独居房の中央に正座したまま、膝の上で震える指を凝視していた。
頼むから止まらないでくれ!
そう祈る間も、猛烈な尿意が下腹部に押し寄せてくる。
足音が近づくにつれ、樹原の両膝がガタガタと震え始めた。同時に、ねっとりとした汗に濡れた頭部が。意志の力に抗いながら、ゆっくりと床に向かって沈み込んでいく。
タイルを踏みしめる革靴の音はどんどん大きくなった。そしてついに部屋の前まで来た。その数秒間、樹原の体内にあるすべての血管は拡張され、破裂しそうな心臓から押し出された血液が、体毛の一本一本を揺るがせながら全身を駆けめぐった。
だが、足音は止まらなかった。
それは部屋の前を通り過ぎ、さらに九歩進んで不意に途絶えた。
自分は助かったのかと思う間もなく、視察口の開閉音に続き、独居房を解錠する金属音が聞こえてきた。空房を一つはさんだ、二つ隣のドアのようだ。
「一九〇番、石田」低い声が呼びかけた。
警備隊長の声か?
「お迎えだ。出なさい」
「え?」聞き返した声は、以外にも頓狂な響きを含んでいた。「俺ですか?」…”
【表紙及び冒頭5ページ】
【基本データ】
文春文庫
2012年3月10日 第一刷
高野和明「13階段」
ISBN978-4-16-780180-9
江戸川乱歩賞受賞作
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