【メモ】
・好きなことをやって、好きなものを食べる。特別に贅沢なことをするわけでも無ければ、特別に贅沢なものを食べるわけでもなく、ただ、そのときの状態に「最も適したもの」を、「ちょうど良い具合」に選択する。そういった風に振る舞えるのは、それだけの経験と知識があるからで、そういった姿が「カッコイイ」ということなのかな、と。
・お金も持っていたんだろうけれど、人生はお金ではなく、何が「一番良いか」を選ぶ目、知識、経験などが重要なのであって、それをわかっていること、そのように振る舞えることが「贅沢」ということなのかなと思う。
【本文書き出し】
”カンペールのクッキー
☓月☓日
半月ぶりに鍼の治療に行く。
扉を開けると、いつもきまって飼犬ラッキーの歓迎の啼き声がきこえるのに、きょうは屋内がしずまり返っている。二階の治療室へあがり、鍼医の矢口氏へ、
「ラッキー、入院でもしたのですか?」
「先週、亡くなりました。老衰でしたが、やはり、私も家内もさびしくなってしまって・・・・・・昨日が初七日でした」
ラッキーは、黒のミニチュア・プードルだった。
私の背中へ鍼を入れながら、
「犬や猫は、人の心を、人よりも早く読みとりますねえ。何につけ、人間のほうが、カンが鈍いですねえ」
そういう矢口氏の声が湿っていた。
このところ、寒、暖の反復がひどく、人も病んだが犬や猫も同様らしい。私の家にいる六匹の猫のうち、これも老猫のサムが、先日、死んだばかりだ。
夜になって、若い友人の佐藤君が来訪。
「これ、カンペールでつくっているクッキーなんですって。あそこは、クッキーで有名らしいんです。なつかしくなって、買って来ました」
と、クッキーの箱を出して、私にくれた。
三年前に、佐藤君とフランスの田舎をまわったとき、ブルターニュのカンペールの町の、オデ川沿いのカフェでシードル(リンゴ酒)をのんで、一休みしたことがある。
「ふうん。これ、東京で売っていたのかい」
「ですから、よほど質がいいんでしょう」
体裁にとらわれぬ、いかにもフランスの田舎の名産らしい無骨なクッキーだが、チーズとバターをたっぷりときかせた味は、なかなかのものだった。
☓月☓日
五日ぶりに銀座へ出て、京橋のワーナーの試写室で〔氷壁の女〕の試写を観る。いまや洗練の極みに達した老匠フレッド・ジンネマン監督の、ようやくに枯れた味わいがただよいはじめてきた秀作…”
【表紙及び冒頭5ページ】
【基本データ】
新潮文庫
平成三年三月二五日発行
池波正太郎「池波正太郎の銀座日記〔全〕」
ISBN4-10-115659-X
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