【メモ】
・自分なりに一生懸命生きている。自分自身がおかしくなってしまわない範囲の中で、できるだけまじめに生きている。という様な、「ごくごく普通の」若者の姿。その姿というのは、まさに読者自身の姿であって、僕自身の姿であって、という様に感じることのできるお話。
・コカインをやったことも無いし、一流新聞社の調査係でもない。けれどもそんなあなたもこの本を読むと、主人公の心の中にあるポジティブなもの、ネガティブなもの、色々なものが、どうも自分自身の心の中にあるものととても似通っている、そんな風に感じる部分がきっとあると思います。
・裏表紙の紹介文には「青春小説」とありますが、少なくとも、僕の様な40歳前後の人間が読んでも、今現在の自分自身と重ねあわせて何かを感じ取ることができる、そんなお話です(最初に読んだのは30歳位の頃でしたけれど)。
【本文書き出し】
”第一章—午前六時。いま、きみのいる場所
きみはそんな男ではない。
夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない。しかし、いまきみのいるのは、間違いなくこんな場所なのだ。この風景には見覚えがない、ときみは言うことができない。きみはナイトクラブにいて、頭を剃り上げた女と話している。クラブの名前は「ハートブレイク」。いや、「ザ・リザード・ラウンジ」だったろうか。バスルームに入り、ボリヴィア製の強いコカインをひとつまみやりさえすれば、何もかもがもっとはっきりとしてくるかもしれない。だがそんなことをやっても、何もはっきりとはしてこないかもしれない。きみの内側で誰かの声がこう囁いている—まわりで何もかもが次々とぼやけていくのは、コカインに溺れ続けてきたためだ、と。夜はきみの知らないどこかを中心に回転し、午前二時を指していた時計の針はもう六時を回っている。そうやって時が過ぎ去るのを、きみは何度も見てきた。しかしきみは、まだ致命的な痛手は負っていないと、麻痺と廃疾が待ちうける最後の一線だけは越えていないと、そう言いたいのだ。
もう少し前なら、引き返すこともできたのかもしれない。しかしきみは白いパウダーの跡を彗星の尾のように長くひきずりながら、ここまで来てしまった。そしていまも、騒々しい仲間から離れることができない。
いま、きみの頭の中には、ちっちゃなボリヴィアの兵士たちが整列している。彼らが疲れ果て泥にまみれているのは、一晩中行進していたからだ。ブーツに穴を開けた彼らは口々に飢えを訴える。その飢えは充たされねばならない。行進を続けるためには、もっとパウダーが必要だ。
きみはあたりを見まわす。これはきみの知らない異国の光景ではないのか—肌の上で揺れる宝石、奇抜なメイクアップ、けばけばしい髪飾りとヘア・スタイル。どこかラテン的なこの雰囲気。それはきみの血管を泳ぎまわっているピラニアや、きみの頭の中で少しづつ小さくなっていくマリンバの音よりももっとラテン的かもしれない。
きみは柱にもたれかかっている。あってもなくてもいいような柱だが、いまのきみには、まっすぐ立っているためにどうしても必要だ。頭を剃り上げた女がしゃべっている—あのかっぺどもがやって来るまではここだって感じがよかったのに。そんな女とは話すのも、話を聞くのもまっぴらなのに、きみは愛想をふりまいている。ほんとうは、何もしたくないのだ…”
【表紙及び冒頭5ページ】
【基本データ】
新潮文庫
平成三年五月十五日発行
ジェイ・マキナニー「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」高橋源一郎/訳
ISBN4-10-234801-8
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