マイケル・ボンド 作  松岡 亨子 訳『くまのパディントン』

福音館文庫 マイケル・ボンド「くまのパディントン」

【メモ】

・暗黒の地ペルーから、たった一人でイギリス・ロンドンへやってきたくまのパディントン。心優しいブラウンさん一家と出会い暮らし始めたロンドンの街で、たくさんの知らないものや不慣れなことに直面し、ことあるごとにさまざまな事件を巻き起こします。しかし彼は、持ち前の一生懸命さ、真面目さを持って礼儀正しくことにあたり、周囲の人に助けられながら、最後には必ず問題を解決してしまいます(こんな堅苦しい話ではないですが、かいつまんで書くと、こういうことなのかなと……)。

・この版は、恐らく、僕(昭和40年台後半生まれ)が小学校低学年のころに読んだものと、挿絵なども含めて全く同じだと思います。利発で、お行儀がよく、かわいらしいパディントンの所作や言動、ママレードをおいしそうに食べる姿など、場面ごとの情景が目に浮かぶようで、どれも楽しく、また、懐かしく読ませてもらいました。

・最近映画になった話のストーリーブック「パディントン ムービーストーリーブック」は、この原作本とはかなり内容の異なる本です(そもそも著者がマイケル・ボンド氏ではありませんし)。やはりパディントンといえば、こちらの本しかないと、個人的には思っています。

※2017年6月27日に、91歳でお亡くなりになったマイケル・ボンド氏のご冥福をお祈りいたします。

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビではないですが、漢字の8〜9割、おそらく、小学校1年2年で習うレベルのもの以外にはほぼ全てルビが振られていると思います。

文字の大きさ:比較的小さい。通常の大人向け文庫サイズとほぼ同等(か、若干大きい程度)。

所感:一部の漢字にはルビが振られていませんが、小学校2年生程度ならば十分に読める、本に慣れたお子さんであれば小学校1年生でもチャレンジできる、というレベルかと思います。ソフトカバーで、一般的な文庫よりもひとまわり大きい17cm×12.5cmサイズ。行間も広く、読みやすく、内容的にも、小学校低学年でも十分に理解できる内容です。イギリス、ロンドンの地名や寄宿学校の仕組みなどについて、保護者の方が補足の説明などして差し上げると、より読みやすくなるかと思います。

 

【本文書き出し】

”Ⅰ どうぞ このクマのめんどうをみてやってください

ブラウン夫妻が初めてパディントンに会ったのは、駅のプラットホームでした。それだからこそ、パディントンなどどいう、クマにしては珍しい名前がついたのです。つまり、パディントンというのが、その駅の名でした。

ブラウン夫妻は、その日、休暇でうちに帰って来る娘のジュディを迎えに、駅に来ていました。暑い夏の日で、駅は、海へ行く人でごったがえしていました。汽車は汽笛を鳴らす、タクシーは警笛を鳴らす、赤帽は人ごみをぬって走りながら、あっちとこっちでどなりあう・・・・・・それがみんないっしょになって、あたりはたいへんな騒がしさでした。ですから、ブラウンさんが、さいしょにパディントンに気がついてそういったときも、奥さんは、すぐには話がのみこめませんでした。

「クマが? パディントン駅に?」奥さんは、あきれてご主人を見つめました。「ばかなことおっしゃらないで、ヘンリー。そんなことあるものですか!」

ブラウンさんは、ちょっとめがねに手をやって、「そういうけれど、いるんだよ。」と、いいはりました。「ぼくは、ちゃんと見たんだ。ずっと向こう、ほら、あの郵便袋のかげだ。なんだかへんてこな帽子をかぶってたよ。」

そういうと、ブラウンさんは、返事を待たず、奥さんの腕をつかんでぐいぐい押しながら、人ごみをかきわけ、チョコレートとお茶を満載した手押し車の横をまわり、本や雑誌の売店のそばを通り抜け、山と積まれたスーツケースの間をぬって、奥さんを遺失物取扱所の方へ連れて行きました。

「ほうら、ごらん。」ブラウンさんは、暗いすみの方を指さしながら、勝ちほこったようにいいました。「ぼくのいったとおりじゃないか!」

奥さんは、ご主人の指さす方へ目をやりました。影になっているところに、ぼんやり、何かちいちゃな、ふわふわしたものが見えました。それは、スーツケースらしいものの上に腰をかけていて、首から何か書いた札をぶらさげていました。スーツケースは古くて、ひどくいたんでいて、横のところに『航海中入用手荷物』と書いてありました。

ブラウンさんの奥さんは、思わずご主人の腕をぎゅっとつかんでさけびました。

「まあ、ヘンリー!あなたのいうとおりだわ、やっぱり。ほんと、クマだわ!」

奥さんは、目をこらして、つくづくそのクマをながめました。何だか、とても珍しい種類のクマのようです。色は茶色。それも、どっちかといえば、きたない茶色で、ブラウンさんのいったとおり、広いつばのついた、何とも奇妙な帽子をかぶっていました。その広いつばの下から、二つの大きなまんまるい目が、じっと奥さんを見返していました。

何か自分に用があるらしいと見てとったクマは、立ち上がると、ていねいに帽子をとりました。黒い耳が二つ、ニョッキリ現れました……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

福音館文庫「くまのパディントン」表紙_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文1_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文2_[0]

福音館文庫「くまのパディントン」本文3_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文4_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文5_[0]

 

【基本データ】

福音館文庫

2002年6月20日 初版発行

マイケル・ボンド 作  松岡 亨子 訳 ペギー・フォートナム 画「くまのパディントン」

ISBN4-8340-1802-4

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呉 承恩・原作 小沢 章友・文『西遊記』

青い鳥文庫 呉 承恩・原作 小沢 章友・文 山田 章博・絵「西遊記」

【メモ】

・西遊記には、絵本から大人向けの小説まで、いろいろな版があるけれど、小学校低学年を対象としたものでは、これが一番読みやすくおもしろいのではないかと(これ以外に、子ども向けの選択肢としては、岩波少年文庫版・伊藤 貴麿・訳の「西遊記(上)(中)(下)もあり、こちらは、岩波文庫全10巻のダイジェスト。こちらも内容的にはかなり充実しておりオススメだが、総ルビではないので、小学校4年生程度からが対象かなと)。

・わがままで横暴な小猿が、めきめきと力をつけ、猿の王様となり、天界で大暴れし、最後にはきついお灸を据えられて、三蔵法師のお供をすることに…。物語の前半では、まるで、少年漫画の強い悪役のような姿で描かれる孫悟空(後半もそういった姿は残り続けますが…)。悪さを繰り返しても、簡単にはやっつけられない、簡単には更生もできない、生身の人間(ではなく猿ですが)臭さのあるリアルな姿。そして、その人間臭くリアルな主人公が、三蔵法師のお供の旅の中で、未熟ながらも様々な経験をし、感じ、学び、成長していく姿が、とてもよく描かれている作品だと思う。

・蟠桃園になる、九千年に一度熟す不老不死の仙桃。汁の滴る、よく熟れた甘い桃に、がぶりと食らいつき、むしゃむしゃとたいらげる。おいしそうな表現。この桃、いつか食べてみたい。

 

【表紙及び冒頭5ページ】

青い鳥文庫「西遊記」表紙_[0] 青い鳥文庫「西遊記」本文1_[0] 青い鳥文庫「西遊記」本文2_[0]

青い鳥文庫「西遊記」本文3_[0] 青い鳥文庫「西遊記」本文4_[0] 青い鳥文庫「西遊記」本文5_[0]

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビです。舞台が中国という設定のせいもあるんでしょうが、かなり難しい漢字(恐らく常用漢字でないものもあります)も出てきますが、全ての字にふりがなが振られています。

文字の大きさ:普通。おとなが読む普通の文庫サイズの文字と同等です。

所感:話の内容としてはかなりわかりやすく、また、漫画のドラゴンボールなどとの関連もあり、今どきの小学生でも比較的すんなりと入っていけるのではないかと思います。小学校低学年からでも読めると思いますが、かなりちゃんとした「本」という感じですので、読めても小学校2年生、本が好きで本に慣れ親しんでいれば、という感じかと思います。

 

【基本データ】

青い鳥文庫

2013年3月15 第1刷発行

呉 承恩・原作 小沢 章友・文 山田 章博・絵「西遊記」

ISBN978-4-06-285347-7

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重松清『小学五年生』

文春文庫 重松清「小学五年生」

【メモ】

・切なく、哀愁や郷愁を感じされられる短編集。どの話も、読後に心地よい感情が残る。

・短く区切られた、簡潔で読みやすい文章。極端ともいえるほどにシンプルな文体。すべてを書きすぎていないからこそ、読者は行間を読むことができる。読んだ人それぞれが、自らの経験や記憶にもとづいてイメージを脳内で補完し、ストーリーを完成させることができる。だからこそ切ない。だからこそ美しい、映画やテレビの映像、写実的に事細かに書き込まれた盛りだくさんの文書では、決して表現し得ないもの。

・感動。爽快、爽やか。記憶、追憶、切ない、郷愁。

・中学入試に採用されるというのもうなずける。そのために読むんじゃないけれど、そのために読む必要もないけれど、小学生の息子にも読ませてみたい。まあ、経験がなさすぎて、なんだかちんぷんかんぷん、この本の良さはまだわからないかもだけど。

・中でも僕の一番のおすすめは、「バスに乗って」。小学生でも十分に理解できる、愛情に満ちあふれた、心温まるショートストーリー。下手な読解力トレーニング用のテキストなんかをやらせるより、この一話をしっかりと読ませるほうが、いろいろな意味で100倍子どものためになると思う。「おとうと」もいいです。友人との話もいいけれど、やはり、親子や兄弟、家族がお互いを思いやる気持ちやその愛情を描いたストーリーが素敵。

※男女の体の発達や第二次性徴など、小学校高学年以上向けかもと思われるような話や表現が一部に出てきますので、小学生以下のお子さんに読ませる際には、保護者の方が確認された上で判断されることをおすすめします。個人的には、小学生であっても読ませても大丈夫な範囲に収まっているのではないかと思います。

 

【本文書き出し】

” この町に引っ越してきて初めてデパートに出かけた日曜日、少年はお母さんに写真立てを買ってもらった。二枚合せになった透明なアクリル板にしいさなスタンドがついただけの、簡単な写真立てだった。文具売り場の棚にはフレームが飾り付いたものやペン立てとセットになったものもあったが、「どれにする?」とお母さんに訊かれたとき、いちばんシンプルなものを指差した—それがいちばんオトナっぽくて、オトコっぽいと思ったから。

家に帰ると、さっそくアクリル板に写真を挟んだ。昨日手紙と一緒に届いたばかりの写真だ。三人の男の子が、花が咲いた桜の木をバックに並んで立っている。少年を真ん中に、向かって右がエンドウくんで、左がヒノくん。三人ともカメラに向かってVサインをつくり、にっこり笑っている。四年生の終業式の日に撮った写真のうちの一枚だった。カメラの持ち主のハラくんは、他にも数枚の写真を焼き増しして送ってくれた。エンドウくんやヒノくんよりも仲良しだった子と一緒の写真もあったが、写真立てに入れるのは、この写真でなくてはいけない。

三人が背にした桜の木は、町の中でもいちばん大きな木だった。三人がかりで手をつないでも一周できないほどの太い幹の反対側で、女子が記念撮影をしていた。少年と同じように終業式を最後に転校してしまう子が、女子にもいた。ユキコという。背が高くて、足が速くて、おとなしいけれどリコーダーのとても上手な子。

写真立てに入れた一枚には、ユキコが写っている。たまたまだった。女子の撮影が先に終わって、幹の向こう側からひょいと顔をだした、ちょうどどのときハラくんがシャッターを切ったのだ。カメラを見ていた。笑顔がすぼむ直前の、ぎりぎりのところで、笑っていた。

だから—この写真、なのだ。

傷も汚れもついていないアクリル板を隔てて見つめるユキコの顔は、写真をじかに見るときよりも光沢が増してきれいだった……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

重松清 小学五年生 文春文庫 表表紙_[0]重松清 小学五年生 文春文庫1_[0]重松清 小学五年生 文春文庫 本文1_[1]

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【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:ほぼなし(難読のもののみ、ごくまれにふりがなが振られています)

文字の大きさ:小さい、大人向け文庫とほぼ同等サイズ

所感:子ども向けに書かれた本というわけではありませんが、平易な読みやすい文書で書かれており、内容的にも、小学校高学年程度であれば十分に読むことができます。また、親として、「小学校高学年〜中学入学程度の時期に読ませてみたい(かも)」と思わさせられる内容でもあると感じました(重松清氏の小説は中学入試問題に使用されることも多いとのことで、そういった意味でも、小学校高学年のお子さんに読ませてみるというのはありだと思います)。

 

【基本データ】

文春文庫

2009年12月10日第一刷

重松清「小学五年生」

ISBN978-4-16-766908-9

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