赤川 次郎『三毛猫ホームズの探偵日記』

角川つばさ文庫 赤川 次郎『三毛猫ホームズの探偵日記』

【メモ】

・殺人事件など、一部おどろおどろしい話も出てきますが、準主役的存在の片山晴美、その飼い猫で、主猫公の名探偵三毛猫ホームズ、晴美の兄で、警視庁捜査一課の片山刑事、自称晴美の恋人の石津刑事の4人のメインキャラクターたちの、なんとも力の抜けた感じのやりとりのおかげで、ミステリーらしからぬ、ほんわかとした雰囲気を感じながら読むことができます。

・僕自身、学生時代(中学〜高校時代だったかと思います)に、赤川次郎氏の『三毛猫ホームズシリーズ』は、これでもか、というくらいに読んだ記憶があります。当時は大人向けの小説である角川文庫版しかありませんでしたので、読めてもせいぜい中学生から、といったところでしたが、小学校低学年からでも十分に読める、総ルビの振られたつばさ文庫版が出て、今の子どもたちは恵まれているなと思います。

※この本は、『三毛猫ホームズのびっくり箱』『三毛猫ホームズのクリスマス』(いずれも1988年角川文庫)の2冊に所収のストーリーの中から、「三毛猫ホームズの名演奏」「三毛猫ホームズの宝さがし」「三毛猫ホームズの通勤地獄」の3つの作品を選び出して1冊の本にしたものです。

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビです。

文字の大きさ:比較的小さい。通常の大人向け文庫サイズよりも若干(1〜2pt)大きい程度。

所感:

・元となっている角川文庫の作品に、全ての漢字にふりがなを振って作られた本ですので、一部難しい漢字も出てきますが、頻度は「ごくまれ」といったところだと思います。もともとの本が平易で読みやすい表現の本ですので、小学校低学年、3年生程度からでも十分に読めると思います。

・どの話も、短めにまとめられたストーリーの中に、ユーモアと軽いひねりも交えつつ、嫌味や暗さはまったくといっていいほどなく、最初から最後まで気持ちよく読むことができます。これぞ赤川次郎といったところの、軽快で爽快感のある文体は、本格的な小説はこれが初めて、というような小学生のお子さんでも十分に楽しむことができるのではないかと。

 

【本文書き出し】

”1

なんとなくおかしい。

戸川清春は、リハーサルの間中、ずっとそう思っていた。—しかし、いったいどこがおかしいのだろう?

別に誰もミスしてはいない。アンサンブルも乱れはないし、音程も外れていない。

それでいて、どこかおかしいのだ。

「—はい、結構です。じゃ、第三楽章をもう少しさらっておきたいんですが」

と、戸川は言った。

普通、指揮者というのは、もう少し威張っているものだ。現に、戸川の師である、朝倉宗和など、必要なこと以外、一言も発しない。

しかし、それは朝倉が指揮界の長老だからであって、戸川のごとく、これが本格的なデビューという新人の場合、日本のオーケストラとして超一流のS響を相手にしては、下手にでるしか仕方ないのである。

しかし、意外だった。—S響はプライドが高く、若い指揮者が来ると、タクトを無視して演奏するとか、リハーサルに団員が半分も来ないとか—要するに「意地悪」をするのだ、と聞いていたのである。

実際、朝倉からも、

「まあ、新入社員が、余興に裸踊りでもやらされるんだと思って、我慢しろ」

と言われて来た。

それが、リハーサルは開始五分前に全員ピタリと揃うし、戸川の指示には一言の文句も言わずについてくる。私語も交わさず、技術はさすがに一流のプレーヤーばかりだから、実に気持ちよく、リハーサルは進んでいくのだ。

これでいいのかしら、と戸川が内心首をひねったとしても、不思議ではない。

第三楽章の、一番ポイントとなる部分を、二、三度通してやると、まず満足のいく出来になった。

予定の時間の半分くらいでリハーサルは終わった…”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」表紙_[0]角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」本文1_[0] 角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」本文2_[0]

角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」本文4_[0] 角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」本文4_[0] 角川つばさ文庫 赤川次郎「三毛猫ホームズの探偵日記」本文5_[0]

 

【基本データ】

角川つばさ文庫

2012年4月15日 初版発行

作・赤川 次郎 絵・椋本 夏夜『三毛猫ホームズの探偵日記』

ISBN978-4-04-631230-3

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小山 勝清『彦一とんちばなし』

偕成社文庫 小山 勝清「彦一とんちばなし」

【メモ】

・彦一は、どんな相手でもとんちでやり込めてしまう。

・上巻本文242ページに52話収録。一話平均4〜5ページ。簡潔で読みやすいショートストーリーの中に、とんち、だじゃれ、笑いが盛り込まれている。しかし、どの話も、それだけではなく、知識と知恵、そして道徳も絡められた物語になっている。

・悪人を懲らしめる。さらにしっかりとやり込めて、仕返しすらできないようにしてしまう。決して正義漢ぶってるわけではないけれど、本人がしたいと思うこと、本人が正しいと思うことをすると、結果として相手をやり込めてしまう。

・しかしそのとんちは、人々が忘れたりなおざりにしたりしていた、物事の本来あるべき姿、真理のようなものに気が付かせてくれる。ひとびとはバツが悪そうに納得して、ホッとして、場が収まる(P66〜第17話「◯◯さま」 ーーー 調子に乗って夜遅くまで大騒ぎする、鼻息の荒い江戸っ子の商人たち。その商人たちに、「『本当に偉い人』がお泊りなので、お静かに願います」という手紙が届く。商人たちはおとなしくなる。翌日種明かしをされた商人たちは、してやられたと思いつつも、『本当に偉い人』が誰なのかに気がつかされ、なるほどと頭をかいて引き下がる)。

・彦一はずるくない。賢くて、一部には確かにずる賢いような描写もあるが、本質的には、正義を愛する正直な男。そして、人を思いやることのできる、やさしい男(P77〜第20話「おもいやり」 ーーー 村一番の孝行者、働き者の男が、過ちから、山火事を起こしてしまう。小心者のその男は、正直に名乗り出ることができない。彦一はその男のことを考え、その男が自然と名乗り出ることができるようにとんちを働かせる)。

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビではないですが、漢字の8〜9割、おそらく、小学校1年2年で習うレベルのもの以外にはほぼ全てルビが振られていると思います。

文字の大きさ:比較的小さい。通常の大人向け文庫サイズよりも若干(1〜2pt)大きい程度。

所感:

・ソフトカバーのB6判で行間も広く読みやすく、内容的にも、とんち話ですので、小学校低学年でも十分に理解できる内容です。

・一部の漢字にはルビが振られていませんが、小学校2〜3年生程度ならば十分に読める、というレベルかと思います。

・ただし、一部の言葉や地名などで少し難しいものや珍しいものがたまに出てきます(難題、療治、献上、胴巻き、球磨川、阿蘇、鶴崎、など)。これらには当然ふりがなが振られていますが、ふりがな付きでも小学校低学年だとちょっと厳しいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。

・逆に、いろいろな話のなかで出て来る人情の機微に触れるような人間同士のやりとり、人のこころの動きなどの面まで含めて考えると、小学校高学年どころか、おとなでも十分に楽しめる、そういった内容の本だと思います。

 

【本文書き出し】

” 第1話 こぶとり

むかし、肥後の国(いまの熊本県)の八代という町のちかくに、彦一という、それはそれは、きばつなちえをもっている子どもがすんでいました。かれは目がくるくるで、おぼんのようにまるい顔、どんな難題でも、たちどころにといて、よわきをたすけ悪人をこらし、おまけにどっとわらわせる世界一のちえ男でした。ではいまからその彦一のとんちばなしをいたしましょう。

 

あごの下に、大きなこぶをもったおじいさんがありました。そのこぶは、ほうっておいてもいのちにかかわるこぶではなかったが、しゃれもののおじいさんは、そのこぶをなおそうと、ほうぼうのおいしゃさんにかかりました。が、こぶはいっこうになおらず、くすり代がかさんで、家はだんだんまずしくなりました。しかしおじいさんは、まだあきらめきれず、このうえは、のこっている家やしきを売り払い、江戸(いまの東京)にのぼって名医にかかろうとおもいました。

これをしった、むすこの太郎兵衛は、おどろいて彦一の家にかけつけました。そして、「なんとかして、うちのじいさまに、こぶの治療をあきらめさせる法はないものか。」とそうだんしました。彦一はにっこりわらっていいました……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

偕成社文庫「彦一とんちばなし」表紙_[0] 偕成社文庫「彦一とんちばなし」本文1_[0] 偕成社文庫「彦一とんちばなし」本文2_[0]

偕成社文庫「彦一とんちばなし」本文3_[0] 偕成社文庫「彦一とんちばなし」本文4_[0]

 

【基本データ】

偕成社文庫

1977年5月20日 1刷

著者 小山 勝清「彦一とんちばなし(上)」

ISBN978-4-03-550400-9

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マイケル・ボンド 作  松岡 亨子 訳『くまのパディントン』

福音館文庫 マイケル・ボンド「くまのパディントン」

【メモ】

・暗黒の地ペルーから、たった一人でイギリス・ロンドンへやってきたくまのパディントン。心優しいブラウンさん一家と出会い暮らし始めたロンドンの街で、たくさんの知らないものや不慣れなことに直面し、ことあるごとにさまざまな事件を巻き起こします。しかし彼は、持ち前の一生懸命さ、真面目さを持って礼儀正しくことにあたり、周囲の人に助けられながら、最後には必ず問題を解決してしまいます(こんな堅苦しい話ではないですが、かいつまんで書くと、こういうことなのかなと……)。

・この版は、恐らく、僕(昭和40年台後半生まれ)が小学校低学年のころに読んだものと、挿絵なども含めて全く同じだと思います。利発で、お行儀がよく、かわいらしいパディントンの所作や言動、ママレードをおいしそうに食べる姿など、場面ごとの情景が目に浮かぶようで、どれも楽しく、また、懐かしく読ませてもらいました。

・最近映画になった話のストーリーブック「パディントン ムービーストーリーブック」は、この原作本とはかなり内容の異なる本です(そもそも著者がマイケル・ボンド氏ではありませんし)。やはりパディントンといえば、こちらの本しかないと、個人的には思っています。

※2017年6月27日に、91歳でお亡くなりになったマイケル・ボンド氏のご冥福をお祈りいたします。

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビではないですが、漢字の8〜9割、おそらく、小学校1年2年で習うレベルのもの以外にはほぼ全てルビが振られていると思います。

文字の大きさ:比較的小さい。通常の大人向け文庫サイズとほぼ同等(か、若干大きい程度)。

所感:一部の漢字にはルビが振られていませんが、小学校2年生程度ならば十分に読める、本に慣れたお子さんであれば小学校1年生でもチャレンジできる、というレベルかと思います。ソフトカバーで、一般的な文庫よりもひとまわり大きい17cm×12.5cmサイズ。行間も広く、読みやすく、内容的にも、小学校低学年でも十分に理解できる内容です。イギリス、ロンドンの地名や寄宿学校の仕組みなどについて、保護者の方が補足の説明などして差し上げると、より読みやすくなるかと思います。

 

【本文書き出し】

”Ⅰ どうぞ このクマのめんどうをみてやってください

ブラウン夫妻が初めてパディントンに会ったのは、駅のプラットホームでした。それだからこそ、パディントンなどどいう、クマにしては珍しい名前がついたのです。つまり、パディントンというのが、その駅の名でした。

ブラウン夫妻は、その日、休暇でうちに帰って来る娘のジュディを迎えに、駅に来ていました。暑い夏の日で、駅は、海へ行く人でごったがえしていました。汽車は汽笛を鳴らす、タクシーは警笛を鳴らす、赤帽は人ごみをぬって走りながら、あっちとこっちでどなりあう・・・・・・それがみんないっしょになって、あたりはたいへんな騒がしさでした。ですから、ブラウンさんが、さいしょにパディントンに気がついてそういったときも、奥さんは、すぐには話がのみこめませんでした。

「クマが? パディントン駅に?」奥さんは、あきれてご主人を見つめました。「ばかなことおっしゃらないで、ヘンリー。そんなことあるものですか!」

ブラウンさんは、ちょっとめがねに手をやって、「そういうけれど、いるんだよ。」と、いいはりました。「ぼくは、ちゃんと見たんだ。ずっと向こう、ほら、あの郵便袋のかげだ。なんだかへんてこな帽子をかぶってたよ。」

そういうと、ブラウンさんは、返事を待たず、奥さんの腕をつかんでぐいぐい押しながら、人ごみをかきわけ、チョコレートとお茶を満載した手押し車の横をまわり、本や雑誌の売店のそばを通り抜け、山と積まれたスーツケースの間をぬって、奥さんを遺失物取扱所の方へ連れて行きました。

「ほうら、ごらん。」ブラウンさんは、暗いすみの方を指さしながら、勝ちほこったようにいいました。「ぼくのいったとおりじゃないか!」

奥さんは、ご主人の指さす方へ目をやりました。影になっているところに、ぼんやり、何かちいちゃな、ふわふわしたものが見えました。それは、スーツケースらしいものの上に腰をかけていて、首から何か書いた札をぶらさげていました。スーツケースは古くて、ひどくいたんでいて、横のところに『航海中入用手荷物』と書いてありました。

ブラウンさんの奥さんは、思わずご主人の腕をぎゅっとつかんでさけびました。

「まあ、ヘンリー!あなたのいうとおりだわ、やっぱり。ほんと、クマだわ!」

奥さんは、目をこらして、つくづくそのクマをながめました。何だか、とても珍しい種類のクマのようです。色は茶色。それも、どっちかといえば、きたない茶色で、ブラウンさんのいったとおり、広いつばのついた、何とも奇妙な帽子をかぶっていました。その広いつばの下から、二つの大きなまんまるい目が、じっと奥さんを見返していました。

何か自分に用があるらしいと見てとったクマは、立ち上がると、ていねいに帽子をとりました。黒い耳が二つ、ニョッキリ現れました……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

福音館文庫「くまのパディントン」表紙_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文1_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文2_[0]

福音館文庫「くまのパディントン」本文3_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文4_[0] 福音館文庫「くまのパディントン」本文5_[0]

 

【基本データ】

福音館文庫

2002年6月20日 初版発行

マイケル・ボンド 作  松岡 亨子 訳 ペギー・フォートナム 画「くまのパディントン」

ISBN4-8340-1802-4

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