重松清『小学五年生』

文春文庫 重松清「小学五年生」

【メモ】

・切なく、哀愁や郷愁を感じされられる短編集。どの話も、読後に心地よい感情が残る。

・短く区切られた、簡潔で読みやすい文章。極端ともいえるほどにシンプルな文体。すべてを書きすぎていないからこそ、読者は行間を読むことができる。読んだ人それぞれが、自らの経験や記憶にもとづいてイメージを脳内で補完し、ストーリーを完成させることができる。だからこそ切ない。だからこそ美しい、映画やテレビの映像、写実的に事細かに書き込まれた盛りだくさんの文書では、決して表現し得ないもの。

・感動。爽快、爽やか。記憶、追憶、切ない、郷愁。

・中学入試に採用されるというのもうなずける。そのために読むんじゃないけれど、そのために読む必要もないけれど、小学生の息子にも読ませてみたい。まあ、経験がなさすぎて、なんだかちんぷんかんぷん、この本の良さはまだわからないかもだけど。

・中でも僕の一番のおすすめは、「バスに乗って」。小学生でも十分に理解できる、愛情に満ちあふれた、心温まるショートストーリー。下手な読解力トレーニング用のテキストなんかをやらせるより、この一話をしっかりと読ませるほうが、いろいろな意味で100倍子どものためになると思う。「おとうと」もいいです。友人との話もいいけれど、やはり、親子や兄弟、家族がお互いを思いやる気持ちやその愛情を描いたストーリーが素敵。

※男女の体の発達や第二次性徴など、小学校高学年以上向けかもと思われるような話や表現が一部に出てきますので、小学生以下のお子さんに読ませる際には、保護者の方が確認された上で判断されることをおすすめします。個人的には、小学生であっても読ませても大丈夫な範囲に収まっているのではないかと思います。

 

【本文書き出し】

” この町に引っ越してきて初めてデパートに出かけた日曜日、少年はお母さんに写真立てを買ってもらった。二枚合せになった透明なアクリル板にしいさなスタンドがついただけの、簡単な写真立てだった。文具売り場の棚にはフレームが飾り付いたものやペン立てとセットになったものもあったが、「どれにする?」とお母さんに訊かれたとき、いちばんシンプルなものを指差した—それがいちばんオトナっぽくて、オトコっぽいと思ったから。

家に帰ると、さっそくアクリル板に写真を挟んだ。昨日手紙と一緒に届いたばかりの写真だ。三人の男の子が、花が咲いた桜の木をバックに並んで立っている。少年を真ん中に、向かって右がエンドウくんで、左がヒノくん。三人ともカメラに向かってVサインをつくり、にっこり笑っている。四年生の終業式の日に撮った写真のうちの一枚だった。カメラの持ち主のハラくんは、他にも数枚の写真を焼き増しして送ってくれた。エンドウくんやヒノくんよりも仲良しだった子と一緒の写真もあったが、写真立てに入れるのは、この写真でなくてはいけない。

三人が背にした桜の木は、町の中でもいちばん大きな木だった。三人がかりで手をつないでも一周できないほどの太い幹の反対側で、女子が記念撮影をしていた。少年と同じように終業式を最後に転校してしまう子が、女子にもいた。ユキコという。背が高くて、足が速くて、おとなしいけれどリコーダーのとても上手な子。

写真立てに入れた一枚には、ユキコが写っている。たまたまだった。女子の撮影が先に終わって、幹の向こう側からひょいと顔をだした、ちょうどどのときハラくんがシャッターを切ったのだ。カメラを見ていた。笑顔がすぼむ直前の、ぎりぎりのところで、笑っていた。

だから—この写真、なのだ。

傷も汚れもついていないアクリル板を隔てて見つめるユキコの顔は、写真をじかに見るときよりも光沢が増してきれいだった……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

重松清 小学五年生 文春文庫 表表紙_[0]重松清 小学五年生 文春文庫1_[0]重松清 小学五年生 文春文庫 本文1_[1]

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【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:ほぼなし(難読のもののみ、ごくまれにふりがなが振られています)

文字の大きさ:小さい、大人向け文庫とほぼ同等サイズ

所感:子ども向けに書かれた本というわけではありませんが、平易な読みやすい文書で書かれており、内容的にも、小学校高学年程度であれば十分に読むことができます。また、親として、「小学校高学年〜中学入学程度の時期に読ませてみたい(かも)」と思わさせられる内容でもあると感じました(重松清氏の小説は中学入試問題に使用されることも多いとのことで、そういった意味でも、小学校高学年のお子さんに読ませてみるというのはありだと思います)。

 

【基本データ】

文春文庫

2009年12月10日第一刷

重松清「小学五年生」

ISBN978-4-16-766908-9

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寺村輝夫『ぼくは王さま』

フォア文庫 寺村輝夫 「ぼくは王さま」

【メモ】

・うちの子どもたちが、上の子が年長さん、下の子が年少さんになる年の春に購入。ぼくも小さい頃、何度も何度も読み返したこの本、子どもたちにも大ウケで、購入当初1〜2ヶ月くらいは、寝る前の読み聞かせのリクエストは必ずこれ、というくらいでした。

・この一冊に、一話30ページ程度の短編が4作収録されています。30ページとはいえ文字が大きいので、1話はそこまで長くありませんが、親が読み聞かせても10分15分くらいは掛かるくらいの長さかなと思います。長からず短からずのこのボリューム感、「子どもの読書」の一番初めの取っ掛かりとしては、結構適した感じなのではないかなと。

・最初は親が読んで聞かせていましたが、そのうち、上の子どもは自分で読むようになりました。文庫とはいえ、文字も比較的大きく、漢字も小学校1年の最初に習う程度のものしか使われていないので、幼稚園年長さんくらいでも、本に慣れた子だったら十分に読めると思います(当然、すべての漢字にルビが振られています)。

・でも、もしかすると、いまの子どもたちは、あまり卵も食べないんですかね?他にもたくさんおいしい食べ物があるし、アレルギーとかもあるし。でも、たまごが大好きな王さまは、いつの時代でもかならず子どもたちに受け入れてもらえるのではないかと、個人的には思ってます。

 

【本文書き出し】

”第1話 ぞうのたまごのたまごやき

王さまに、

−−−なにが、一ばんすきですか—。

ときいたら、

「たまご。」

とこたえました。

「たまごやきが一ばんうまいよ。あまくってふわーりとした、あったかいのがいいね。」

王さまは、朝も、ひるも、夜も、いつもたまごやきを食べていたんだそうです。

王さまのうちに、赤ちゃんが、うまれました。まるまるとふとった、たまごやきのようにかわいらしい、王子さまでした。

王さまは、すっかりよろこんで、大臣の、ワンさんと、ツウさんと、ホウさんをよんで、いいました。

「おいわいをしよう。国じゅうの人たちを、おしろにあつめて、うんとごちそうをしてあげよう。にぎやかに、うたをうたったり、おどったりしようではないか。」

ワン大臣は、

「は、はっ、かしこまりました。」

ツウ大臣は、

「さっそく、よういをいたしましょう。」

ホウ大臣は、

「ごちそうは、なににしましょうか、王さま。」

といいました。王さまは、

「ごちそうは、たまごやきにきまってるさ。あつまった人たちみんなに、たまごやきをごちそうするんだ。あまくって、ふわーりふくれた、あったかいのがいいね。」

といいました。が、たいへんです。国じゅうの人があつまるんですから、たまごは、いくつあってもたりません。なん百、なん千もいるのです。

ワン大臣は、いいました。

「王さま、国には、そんなにたくさんたまごがありません。」

ツウ大臣も、いいました。

「にわとりは、一どに、なん十もたまごをうめません。」

ホウ大臣も、いいました。

「ほかのごちそうで、まにあわせましょう。」

王さまは、これをきいて、おこってしまいました。

「いや、いかん。ぜったいにたまごやきだ。たまごやきでなかったら、おいわいは、やめだ。」

王さまって、わがままで、いばってますね。

大臣が、こまっていると、王さまは、こんなことを、いうのです。

「じゃあ、ぞうのたまごをもってくればいいではないか。ぞうのたまごなら、大きいからいいよ。大きなフライパンをつくって、一どにやくんだ。そうすればいいだろう。あまくってふわーりした、あったかいのが、みんなで食べられるよ。」

ワン大臣は、ポンと手をうって、いいました。

「ほほう、なるほど、ぞうのたまごなら大きいでしょうね。一どに、百人まえは、できますよ。では、すぐに、兵隊にいって、ぞうのたまごを七つか八つ、見つけてこさせましょう……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

フォア文庫「ぼくは王さま」表紙_[0]フォア文庫「ぼくは王さま」本文1_[0]フォア文庫「ぼくは王さま」本文2_[0]

フォア文庫「ぼくは王さま」本文3_[0]フォア文庫「ぼくは王さま」本文4_[0]フォア文庫「ぼくは王さま」本文5_[0]

 

【子どもの読書に関わるデータ】

ふりがなの状況:総ルビです。漢字はある程度使われていますが、おそらく、全て小学校1年で習うレベルのものに収まっていると思います。

文字の大きさ:大きい。文庫サイズとしては、ほぼ最大サイズ

所感:本に慣れた子であれば、幼稚園の年長さんくらいでも十分に読めるレベルかと思います。文字の大きさ、漢字やルビの状況、本の内容、どれをとっても、子どもに「読書」をさせる最初の一冊として選定できる「良い本」だと思います。

 

【基本データ】

フォア文庫

1979年11月 第1刷発行

作・寺村輝夫 画・和歌山静子「ぼくは王さま」

ISBN978-4-652-07011-6

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安野モヨコ『くいいじ』

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」表紙_[0]

【メモ】

・「ものすごく豪華でなくても、美味しい」、日々日常の生活の中にある「食」という歓びを、読みやすい文章で自然体に綴ったエッセイ集。食べることが好きなんだろうなと感じさせらます。

・どの話もおもしろく、なんでも美味しそうですが、取り上げられている中では、和食とイタリアンが特に美味しそうに感じました。僕が好きだから、というのもあるでしょうが、きっと、作者の安野モヨコさんもお好きなのではないかと。

・独特の味のある挿絵も、さすが人気漫画家さんといった感じ で、これだけでも楽しめます。

 

【本文書き出し】

”冷やしたぬきとかりんとう

昼食を食べている時に、建具屋さんがやって来た。

家の窓やら扉などでいくつか閉まりづらいものが有ったので直してもらったのだ。

二階の網戸を調整して、一階に降りて来た建具屋さんが、どことどこの調子がおかしかったけど、こんな風に直しておいたので大丈夫になりましたよ、と話している間、お箸を止めてふんふんと聞いていた。

夫は立ち上がって玄関口で他にもある不具合の説明をしていたが、私はまた食事にとりかかっていた。

「じゃ、奥さん、またどうも」

と、建具屋さんがこっちに首を出して挨拶した時、丁度お味噌汁の底のじゃがいもをお箸でちょんと口に放り込んだところだった。

 

昨日観ていた昔の映画では、バーのホステスさん達が開店前に冷やしたぬきか何かをかっこんでいるのだけれど、二口、三口食べたところで客がドヤドヤやって来る。するとホステスさん達は、いそいでその食べ始めたばかりの丼を流しに置き、くるりと振り返って……”

 

【表紙及び冒頭5ページ】

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」表紙_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文1_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文2_[0]

文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文3_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文4_[0] 文春文庫 安野モヨコ「くいいじ」本文5_[0]

 

【基本データ】

文春文庫

2013年12月10日 第1刷

安野モヨコ『くいいじ』

ISBN978-4-16-777702-9

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